カイギの課題再確認

「リモートよりも対面会議がいい」のウソ—メディア・リッチネス理論

リモートワーク時代の終焉が囁かれるとともに、対面で会議が行われることが増えるにつれ、「やはりフェイス to フェイスの方がコミュニケーションしやすい」という声を多く聞くようになりました。しかし、それは本当でしょうか?この記事では、米国の論文を参照しながら、対面会議以外のコミュニケーションの選択肢と、対面会議と比較した際のそれぞれの利点について解説します。場合によって、対面会議ではなく、ツールを使ったリモートコミュニケーションの方が優れていることが理解できます。

「リモートよりも対面会議がいい」のウソ—メディア・リッチネス理論

対面会議はリモートよりも常に優れているのか?

コミュニケーションの「メディア・リッチネス理論」とは

顔と顔を合わせて行うコミュニケーションが、人間同士の情報伝達に最も適した「リッチな」手段であるとしばしば言われます。コロナ禍収束後、「リモート会議ブームの終焉」がニュースで報じられるようになったのも、その一つの現れです(関連記事:オンライン会議は「オフィス回帰」派の敵か?ハイブリッドワーク時代の会議スタイル選択法)。

しかし、これに対して疑問を投げかける専門家は、コロナ禍以前から少なくありません。その一つが、ジョージア大学ビジネススクールのAlan R. Dennisとワシントン州立大学のJoseph S. Valacichによる論文 “Rethinking Media Richness: Towards a Theory of Media Synchronicity” で発表された、「メディア・リッチネス理論」です。

この論文では、タスクのパフォーマンスがメディアの特性によって異なることを明らかにした上で、対面会議以外の手段として、

  • ビデオ会議
  • 電話
  • 電子メール
  • チャット
  • グループウェア

などを選択した方が、より良い結果をもたらす場合は少なくないと述べています。

対面会議よりもリモートツールの方がパフォーマンスが良いケースを示す「メディア・リッチネス理論」

タスクとメディアのマッチングこそが重要

この論文では、コミュニケーションに求められる要素を5つに分解し、それぞれのコミュニケーション手段のメリット・デメリットを整理しています。

  1. Feedback: すぐに反応がもらえるか
  2. Symbol Variety: どれだけたくさんの記号や言葉を使えるか
  3. Parallelism: 同時に何人と話せるか
  4. Rehearsability: 練習や事前の推敲ができるか
  5. Reprocessability: 後で情報を編集できるか

つまり、どのコミュニケーション手段が最もマッチしている・効果的であるかは、そのコミュニケーションを手段として達成したいタスクによっても異なるはずだ、というわけです。

対面会議が常に「リッチ」なわけではない

この論文の結論では、

“face-to-face communication is not always the ‘richest’ medium for communication”
(対面コミュニケーションが常に「最もリッチな」コミュニケーション手段というわけではない)

と結論しています。

特に日本では、対面コミュニケーションの大切さが説かれることは多く、この結論を意外なものと感じる方は少なくないはずです。対面会議が全ての状況やタスクに適しているわけではない・万能な手段というわけではないというのは、どのような点からそう言えるのでしょうか?

次のセクションでもう少し詳しくその理由を解説します。

コミュニケーションプロセスの違いに注目した「対面 vs リモート」メリット・デメリット比較

コミュニケーションの2つのプロセス—「情報の伝達(Conveyance)」と「意味の合致(Convergence)」

コミュニケーションには、大きく分けて2つのプロセスがあります。

一つは「情報の伝達(Conveyance)」であり、文字通り他人に情報を伝えるためのプロセスです。

もう一つは「意味の合致(Convergence)」であり、これは他人から受け取った情報に共通の意味を見いだす、または合意するためのプロセスです。

これらのプロセスは互いに異なる特性を持っており、それぞれの特性に合わせた、異なるコミュニケーション手段の使用が望ましいケースがあります。

対面会議は意味の合致プロセスに強い

対面会議は、音声はもちろんのこと、語気やそのスピードといった即時の反応、そして表情や身振り手振りなどの非言語的な手がかりを提供するため、前者の意味の合致(Convergence)プロセスに非常に適しています。

もう少し具体的にいえば、対面会議は、会議で共有された情報に対して、複数の解釈が存在するような曖昧なタスクに適しています。それは、先に挙げた5つのポイントのうち、

  • Feedback: すぐに反応がもらえるか
  • Symbol Variety: どれだけたくさんの記号や言葉を使えるか

の2点の貢献度が、リモートツールを使う場合よりも相対的に高いためです。

逆に言えば、対面会議では、多人数で同時に議論をすることはできない(声の大きい人の意見だけが通りがち=Parallelismが低くなりがち)だったり、リアルタイムに当意即妙な受け答えができないと発言が遮られがち(=Rehearsabilityが皆無)だったりするケースがあり、これが相対的にデメリットとなります。

こうしたデメリットについて、対面会議推進派は、都合よく忘れがちです。

“Execution requires more conveyance than convergence, although some convergence is clearly required. The need for media synchronicity is therefore lower during execution than during inception, technical problem solving, and, especially, conflict resolution.”
(実行は伝達よりも合致をより必要とし、特に問題解決や対立解決の際にはメディアの同期性の要求が高まる)

という論文の記述からも、対面会議は特定の状況、特に意見の不一致や誤解が生じた際の対話において強みを持っていることが分かります。

リモートコミュニケーションは情報の伝達プロセスに強い

一方、リモートコミュニケーションツールは、情報の伝達(Conveyance)のプロセスに特に強みを持っています。

例えば、Eメールやチャットツールは、大量の情報を効率的に伝えることができ、その情報を後で再確認することも容易です。この特徴は、先に挙げた5つのポイントのうち、

  • Paralelism: たくさんの人の意見が並行して提示・可視化できるか
  • Rehearsability: 練習や事前の推敲ができるか
  • Reprocessability: 後で情報を編集できるか

の3点が、対面会議よりも相対的に高いためです。

なお、ビデオ通話やオンライン会議ツールを使えば、リモート会議ツールのメリットを活かしながら、対面会議のメリットの大部分も取り込むことができます。

“The ‘best’ medium or set of media depends upon which of these five dimensions are most important for a given situation.”
(最適なメディアは、指定された状況で最も重要な5つの要素に依存する)

このように、リモートコミュニケーションは、特定の状況やタスクにおいて対面会議よりも適しているケースも少なくないのです。

チームの状況によっても適切なコミュニケーション方法は異なる

新設チームのコミュニケーション課題

コミュニケーションの手段として何を選ぶのがベストかは、チームの成長フェーズによっても異なってきます。

新しく設立されたチームは、メンバー同士の信頼がまだ築かれていない、ロールが明確でない、などいくつかの特有のコミュニケーション課題に直面することが多くなります。

このような状況で、対面の会議が有効な場合もありますが、オンラインのツールを使って段階的に信頼を築く方法もあります。

“the key to effective use of media is to match media capabilities to the fundamental communication processes required to perform the task”
(メディアを効果的に使用する鍵は、タスクの遂行に必要な基本的なコミュニケーションプロセスにメディアの機能をマッチさせること)

つまり、新設チームでは最初は意味の合致(Convergence)に重点を置きつつ、徐々に情報の伝達(Conveyance)に対応するツールへと切り替えていく方法をとった方が良い、と考えられます。

既存チームのコミュニケーション課題

既存のチームでは、メンバー間の信頼とロールが確立されているため、一般にはより効率的なコミュニケーションが可能です。

しかし、これに対して過度に依存すると、新しいメンバーが加わった時や大きな変化が生じた場合に柔軟に対応できなくなるリスクもあります。

この観点から、既存のチームでもコミュニケーションツールは柔軟に選定すべきです。

チームの目標に合わせたコミュニケーション手段の選定

チームの目標によっては、対面会議が必要な場面と、リモートコミュニケーションが優れている場面が存在します。

例えば、創造的なブレインストーミングが必要な場合は、即時のフィードバックが可能な対面会議が有用です。一方で、具体的なデータや長い文書を共有する必要がある場合は、Eメール、チャットそしてグループウェアが適しています。

あくまでも、目標・タスクに応じて、柔軟にコミュニケーション手段を選ぶことが重要です。

実際のケーススタディ

対面会議が有利なケース

対面会議が特に有利だったケースとしては、新製品のローンチや企業合併など、大きな変革が必要な状況が挙げられます。

このような場合、対面での直接的なコミュニケーションは、関係者間の信頼を速やかに築く助けとなります。

リモートコミュニケーションが有利なケース

一方で、全世界から集まった専門家チームがプロジェクトを進めるケースでは、リモートコミュニケーションが有利です。

このような状況での対面会議は、時間や費用がかかるため非効率です。また、長いレポートやデータ分析を共有する必要がある場合、Eメールやクラウドベースのドキュメントシェアリングは非常に効率的です。

逆に言えば、情報の伝達に優れたメディアは、必ずしも意味の合致(Convergence)に優れているわけではないのです。

ハイブリッドアプローチの成功例

ハイブリッドアプローチの成功例としては、一定期間のリモートワーク後に対面会議を行う、といった方法があります。

この手法は、リモートで効率的に情報を収集・共有(Conveyance)した後、対面で意味の合致(Convergence)を図るというものです。論文でも、以下のように述べられています。

“choosing a medium or set of media which the group uses at different times in performing the task, depending on the current communication process (convey or converge), may be most appropriate”
(現在のコミュニケーションプロセス(伝達または合致)に応じて、タスクを遂行する際にグループが使用するメディアまたは一連のメディアを選ぶことが最も適切であろう)

今後の選択肢とベストプラクティス

メディアスイッチングの効果

一つの仕事やプロジェクトに対して、いくつかのメディアを使い分けることを「メディアスイッチング」と呼びます。

タスクや状況に応じてコミュニケーション手段を切り替えることにより、情報の伝達と意味の合致、それぞれの場面に最適なコミュニケーション手段を選べます。

例えば、プロジェクトの初期段階ではチャットやEメールで情報共有を積極的に行い、詳細な討議が必要になった際には、共有した情報を把握していることを前提に対面会議を行う、といった方法が考えられます。

企業での導入事例

多くの先進企業ではすでに、このようなメディアスイッチングが積極的に行われています。

論文でも指摘されているように、メディアの選択はタスクやコミュニケーションプロセスに依存するため、企業もそれに応じた柔軟なコミュニケーション戦略を採用しています。

グローバル企業では、時間帯の違うチーム間でのコミュニケーションをスムーズに行うために、文書ベースのコミュニケーションとビデオ会議を組み合わせて使用していることがほとんどです。

リモートワーク時代の教訓と今後の方針

リモートワークが一般化した現代では、その教訓を生かしてコミュニケーション手段を選ぶことが重要です。

なんとなく、顔と顔を合わせた対面会議のがリッチなコミュニケーションがしやすいはず……そう考えるのは、単なる思考停止に過ぎません。企業とチームを管理監督するマネージャーは、状況に応じてコミュニケーション手段を柔軟に選ぶべきです。

その際には、リモートワークをせざるを得なかった2020〜2022年の経験が私たちにもたらした教訓、特に非同期コミュニケーションの有用性やデジタルツールの効果的な利用方法などが、大いに役立つはずです。

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