無駄な会議を撲滅するShopify流「カオスモンキー」アプローチ

カオスモンキーアプローチとは

ソフトウェアエンジニアリングの世界でよく知られている概念の一つに、「カオスエンジニアリング」があります。システムの一部をランダムに壊し、その耐久性をテストするという手法です。

Netflixがこの考え方に基づいて自社のサーバーをランダムにオフにするツール「カオスモンキー（Chaos Monkey）」を作り、全体としての障害耐久度を高める工夫として用いていることが知られています。

Shopifyは、この「カオスモンキー」アプローチを、会議というビジネスプロセスの改善で活用することにし、会議時間を14%減少しつつ完遂プロジェクトを18％増やすことに成功しました。

ShopifyのCOOであるKaz Nejatianは、長い期間をかけて会社を劣化させるよりも、短期的に集中してショックと不快感を与え会社を立て直す方法を採用しました。そのほうが、より早く望ましくない状態から回復するはずだからです。

会議が高コストとなる要因

そもそも、会議が企業にとって高コストな活動である理由はいくつかあります。

1. 人件費：多くの場合、会議には複数の従業員が参加します。各従業員の時給や年俸に応じたコストがかかりますが、この費用はほとんどの場合、無視されがちです。その結果、多くの企業は、その会議が真に価値あるものであるかどうかを評価する機会を失っています。
2. 設備コスト：ビデオ会議システム、プロジェクター、会議用のソフトウェアなど、会議には多くのテクノロジーが使われます。これらの機器やソフトウェアは維持費もかかります。
3. 機会損失コスト：会議に参加することで失われる他の仕事の機会です。従業員が会議に参加する時間は、他の重要なタスクに充てられる時間と競合しています。

以上のようなコスト要因は、企業が効率的な会議の運営をどれだけ重視しているかに直結します。

会議時間と効率の相関関係

会議の長さとその効果性には密接な相関関係があります。長い会議が従業員の集中力を散漫にし、結果として効率を低下させることは言うまでもありません。

また、会議の頻度も効率に影響します。週に何度も会議が開催される場合、従業員は会議の準備とフォローアップに多くの時間を費やし、本来の仕事がおろそかになるでしょう。

時間管理と効率性は相互に影響を及ぼし合います。したがって、効率的な会議を行うためには、会議の目的とその必要性、参加者の選定、そして時間の制限など、多くの要素が考慮されるべきです。

社内調査による会議効率低下の証拠

効率的でない会議の影響は、社内調査やフィードバックを通じて明らかになります。多くの企業では、従業員の満足度や生産性に関する定期的な調査が行われています。このような調査によれば、会議による作業時間の喪失は、従業員のストレスや不満を引き起こす主要な要因の一つとされています。

具体的な数字も示唆的です。たとえば、Shopify自体が内部で行った調査によると、平均的な30分の会議は3人の従業員で$700から$1,600のコストがかかるとされています。このようなデータは、会議の効率化が急募であるという事実を明確に示しています。

Shopify独自の無駄会議撲滅ツール：Meeting Cost Calculator

Chromeエクステンション「Meeting Cost Calculator」を自社開発

Shopifyが取り組んでいる会議効率化の一環として注目されるのが、自社開発したMeeting Cost Calculatorの導入です。

このツールは、Google Chromeのエクステンションとして機能し、社内での会議スケジュールを更に洗練させる手段となっています。このエクステンションは、会議をスケジュールする際に自動的に起動し、その会議がいくらくらいのコストがかかるかをリアルタイムで算出します。

従業員が会議の日時と参加者を選ぶだけで、即座にその会議のコスト評価を提供します。このような即時性は、会議の設定や再スケジューリングが頻繁に行われる状況では特に価値があります。

このエクステンションはShopifyの他のプロダクトやAPIともシームレスに統合されています。例えば、会議の結果として何らかのアクションが必要になった場合、それを直接プロジェクト管理ツールにリンクすることも可能です。これにより、会議が単なる「話し合い」で終わらず、具体的な成果につながる可能性が高まります。

会議コストの算出方法・アルゴリズム

Meeting Cost Calculatorは、特定のアルゴリズムを用いて会議コストを算出します。このアルゴリズムには、参加者の役職、平均的な給与、会議の長さ、そして参加者の数などが考慮されます。例えば、上級経営陣が参加する会議は、その時間のコストが一般的な従業員が参加する会議よりも高くなる可能性があります。

Shopify内で行われた一例として、3人で行う30分の会議が$700から$1,600のコストがかかるとされています。このように具体的な金額を提示することで、従業員は会議の重要性とコストをリアルタイムで比較し、必要な会議かどうかを即座に判断できます。

この算出方法は、非効率的な会議が引き起こすオポチュニティコストも視野に入れています。つまり、この会議で何が達成できるのか、その成果がコストに見合うのかという観点から、会議の意義を従業員自らが評価する機会を提供しています。

実際の会議削減効果

このMeeting Cost Calculatorの導入によって、Shopify内部での会議文化が大きく変わりました。会議の平均時間が前年と比較して14%減少し、それが寄与して完成プロジェクトが18%増加したというデータがあります。

従業員からのフィードバックによれば、このツールは非常に役立っているという声が多いです。特に、このツールが明示するコスト評価により、会議の必要性についてより深く考えるようになったという意見が多く聞かれます。

Shopifyにおけるその他の会議効率化施策

定例会議を廃止し水曜日を会議フリーに

Shopifyは定例会議も手厳しく見直しています。特に、参加者が2人以上の定例会議はすべてキャンセルされました。これは、そういった会議が多くの場合、効率的でないという認識からきています。また、毎週水曜日は「会議フリーの曜日」とされています。この日は、社員が集中して作業できる時間を確保するため、新たな会議をスケジュールすることは推奨されていません。

会議フリーの曜日が導入されてから、社員はプロジェクトにより集中できるようになり、多くのケースで生産性が向上しています。もちろん、緊急で重要な会議が必要な場合は例外ですが、それによって一週間の中で「集中して働ける時間」が増えると、多くの社員が感じています。

定例会議の廃止と会議フリーの曜日は、時間を無駄にしないためだけでなく、社員一人ひとりがより価値ある作業に時間を費やす機会を提供しています。

会議の規模・時間を制限

会議が必要な場合でも、Shopifyではその規模と時間に厳格な制限が設けられています。すなわち、参加者は必要最低限に抑え、会議時間もなるべく短縮されます。これは、長時間にわたる多人数の会議が生産性を阻害するという認識からです。

会議に参加するべき人数や、その会議で議論すべきトピックが明確になっている場合、会議はより効率的に進行する可能性が高いです。それによって、「この会議は必要だったのか？」と後悔するような時間を大幅に削減することができます。

この方針により、Shopify内の会議は目的意識を持ち、短時間で効率的な結果を出すことが期待されています。

プロジェクト完了率と紐付けた成果観察

会議時間の削減と効率化が目立つ一方で、それが実際にどれだけの成果を上げているのかという点も見逃せません。Shopifyでは、この会議効率化施策によってプロジェクト完了率が前年比で18%も上昇しています。

これは非常に注目すべき成果であり、それが可能になった背景には、社員が会議に費やす時間を削減し、それを本来の業務に振り向けられるようになったからです。会議での決定がスムーズに行えるようになったことも、プロジェクトが計画通りに進行する一因となっています。

懸念点と今後の展望

効率化の障害となる可能性のある要因

Shopifyの会議効率化戦略は多くの点で成功を収めていますが、一方で新たな問題を生む可能性も考慮する必要があります。

たとえば、会議コストの算出が透明化された結果、社員が無用な自己制約をかける可能性がある。「会議のコストが高いからといって、必要な議論を避けてしまう」というような状況が想定されます。

また、極度に効率を追求する文化が浸透すると、創造的なアイデアが生まれにくくなる可能性もあります。新しいアイデアやイノベ　nダイバーシティとインクルージョンへの影響

効率化された会議スケジュールとコストの透明性は、ダイバーシティとインクルージョンに影響を与える可能性もあります。特に、会議のコストを考慮する文化が広まると、ジュニアな社員やマイノリティなど、”声を大にしてはいけない”と感じる人々が、さらに意見を言いにくくなる恐れがあります。これは、多様な視点や意見が集約されにくくなる結果を招きかねません。

また、リモートワークが普及する中で、オフィスにいない社員が情報共有から取り残される可能性も高まります。これが、長期的には企業文化や生産性にネガティブな影響を与えることも考えられます。

今後の計画と改善策

これまでの効果を踏まえ、Shopifyは今後も会議の効率化に力を入れる方針です。しかし、上記のような懸念点もしっかりと考慮に入れています。

具体的には、会議の効率化ツールをさらに進化させる計画がありますが、それと同時に、ダイバーシティとインクルージョンに配慮した新しいポリシーやプログラムの導入も検討中です。

例えば、会議に参加する際には、その必要性や目的、参加者の多様性などをより明確にするためのガイドラインを作成することが考えられます。これにより、多様な声が反映されるとともに、必要な議論が効率的に行えるようになることを期待しています。

結論：デジタルツールと意識改革の融合効果は大きい

会議効率化の重要性の再認識

会議が効率的でないと、それはただの時間の無駄であり、企業全体の生産性にも影響を与える可能性があります。特に現代の多忙なビジネス環境においては、時間は非常に貴重なリソースです。Shopifyの取り組みは、この事実を改めて浮き彫りにしました。高額な会議のコストに目を向け、それを数値で明示することで、社員一人ひとりが会議の重要性とコストについて再考する機会が提供されました。

もちろん、すべての会議が無駄であるわけではありません。しかし、その有用性を評価し、必要ならば手を加えることで、より生産的な時間の使い方が可能になるという点は、あらゆる組織で考慮すべき事項でしょう。

Shopifyの成功要因

Shopifyが会議効率化において成功した最大の要因は、デジタルツールと文化、意識の変革を同時に進めた点にあります。多くの企業は効率化ツールを導入することには成功しても、それを最大限に活用する文化や意識が乏しい場合が多いです。しかし、Shopifyはこの２つをうまく融合させました。

具体的には、Meeting Cost Calculatorのようなデジタルツールを導入する一方で、その使い方や効果を社内で広く共有し、意識改革も図りました。このようなアプローチが、高いプロジェクト完了率といった成果を生んでいます。

他企業への応用可能性

Shopifyの成功は、他の多くの企業にとっても参考になるでしょう。特に、中小企業やスタートアップがスケールアップする過程で、効率的な会議の運営は非常に重要になります。また、大企業においても、部署間のコミュニケーションが増える中で、効率的な会議運営は不可欠です。

デジタルツールを使った会議の効率化は一つの方法ですが、それだけでは十分ではありません。Shopifyが示したように、企業文化や意識改革がそれに続く必要があります。この２つがうまく組み合わさることで、初めて真の効率化が実現するのです。

参考文献

• Casey Rosenthalほか「Chaos Engineering」
• How effective is Shopify’s ‘chaos monkey’ approach to change management?(Raconteur)
• ‘Time is money’: Shopify calculator shows how much unnecessary meetings really cost the company(CNN BUSINESS)
• Shopify Shames Employees With Cost Calculator forPointless Meetings(Bloomberg)
• Shopify、会議コスト計算ツールを導入。｢あなたのカレンダーは戦略｣従業員に送ったメッセージ全文(BUSINESS INSIDER)